世界的なEV需要の高まりや希少金属の地金相場の上昇により、改めて見直しされてきているリン酸鉄リチウムイオン電池について、電池業界に10年以上従事する筆者(うっかり八兵衛)がまとめてみました。
リン酸鉄リチウムイオン電池の歴史は意外にも新しく、日本ではSONYが商品化したことで良く知られています。また、ELLY POWER社の積層缶タイプのリチウムイオン電池でも2010年から製造されており、住友大阪セメント社のリン酸鉄リチウムが使われているようです。
リン酸鉄リチウムとは
そもそもリン酸鉄リチウムというのは、リチウムイオン電池の正極活物質のことを指しています。
化学式は、LiPFeO4で、構成元素はリチウム、リン、鉄と酸素で安価で入手しやすいものばかりです。
2010年以降のEV向け電池開発では、重量エネルギー密度(Wh/kg)を最優先とした世界的なトレンドによりNCM/三元系を中心とした電池開発が進められてきており、リン酸鉄リチウムはというとBYD社が中国国内向けに電動バスやEVタクシー、EVに供給する程度でした。ところが、世界的なEV需要の高まりとニッケル・コバルト・水酸化リチウムの取引価格の上昇、重量エネルギー密度の飛躍的な向上によって、近年見直しされています。
特筆すべきは、飛躍的な重量エネルギー密度の向上にあります。従来と比較すると、20%程度の底上げとなりリン酸鉄リチウムイオン電池のネガティブイメージ(重くてスペースを喰うイメージ)を払拭することに成功しました。
リン酸鉄リチウムイオン電池の基本特性
リン酸鉄リチウムイオン電池とその特性について下記の表にまとめました。
従来のリン酸鉄リチウムイオン電池 | 先端開発されているリン酸鉄リチウムイオン電池 | 備考 | |
平均電圧 | 3.2V | 3.2V | 三元系(3.6~3.7V)より低い |
仕様電圧範囲 | 2.5V~3.6V程度 | 2.5V~3.7V程度? | 三元系は2.7V~4.2(4.4V) |
サイクル寿命 | 3,000~5,000サイクル 初期容量の80%以上 | 3,000~5000サイクル 初期容量の80%以上 | 三元系よりサイクル寿命良い 500~2,000サイクル 初期容量の80%以上 |
エネルギー密度 | 140~170Wh/kg | 200~210Wh/kg | 三元系は200~310Wh/kg |
低温特性 | 充電・放電ともに性能低い | 不明 | 設計による。高エネルギー密度ほど低温特性は低い |
価格 | 非常に安い(希少金属を含まない) | 非常に安い(希少金属を含まない) | 2021年と比べて15~20%の値上げに踏み切る。 |
用途 | 電動工具、家庭用蓄電池、ESS、ポータブル電源、電気自動車 | 電気自動車 | 電気自動車、ESS、ポータブル電源、モバイルバッテリー、電動アシスト自転車、小型モバイル機器 |
安全性 | セルの安全性は非常に優れている | 高エネルギー密度ほど安全性に懸念がある。 |
リン酸鉄リチウムイオン電池の魅力とは
1.まずは何といっても低コストであること。
正極活物質に希少金属を使っておらず、地金相場の影響が少ないのが大きいですね。水酸化リチウムと炭酸リチウムの価格変動分の影響のみでしょうか。
2.サイクル寿命が非常に良い。
一般的なリチウムイオン電池に比べると寿命は2~4倍くらいになります。参考までに、リン酸鉄リチウムいイオン電池よりも良いサイクル寿命で知られているのは、東芝SciBがあります。
3.セルの安全性
リン酸鉄リチウムイオン電池の安全性試験の動画で、ELLY POWER社の銃弾試験があります。セル内部で短絡しても破裂・発火しないことで有名になりました。ただし、中国ではリン酸鉄リチウムイオン電池を積んだEV発火事故が多数起こっています。実はリン酸鉄リチウムイオン電池の充電制御は普通のリチウムイオン電池と違って、電圧監視だけでなく充放電容量の監視も必要になります。初期のEVでは安全回路の設計で不備があったのでしょうか、充電中のEV発火事故が多発していたようです。
これから発売されるリン酸鉄リチウムイオン電池のEVは上記の問題を解決していますので、安全性は問題無いと思います。
EV用バッテリーにリン酸鉄リチウムイオン電池を採用見込みのある自動車会社(太字がLFP供給)
・テスラ社(Panasonic、LG、CATL)
・フォルクスワーゲン社(LG、Samsung、CATL)
・フォード(BYD、SKイノベーション)
既にBYD社製、CATL社はEV向けにリン酸鉄リチウムイオンバッテリーを製造しますが、近い将来に中国の国軒高科股份有限公司(Guoxuan High-Tech)も主要EVメーカーへの供給に加わるものと思います。
また、地金相場の過熱により希少金属価格の影響が大きくなれば、今後は日本メーカーの参入余地も十分に考えられるでしょう。住友金属鉱山が住友大阪セメント社のリン酸鉄リチウム事業を事業買収したこともあり、Panasonic社がEV向けに4680型でリン酸鉄リチウムイオン電池を量産する日も近いのかもしれません。